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も端切れも落

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も端切れも落

十五年前、私は難民救援の団体職員としてカンボジア難民救援に携わっていた。キャンプ・サイト2はバンコクから五百キロ東のタイ領内にあり、当時十二万人 もの難民が、柵の張り巡らされた狭隘な敷地に収容されていた。難民女性らが婦人会を組織し、いつ訪れるとわからない帰国を待たずに、自主的に職業訓練を立 ち上げていた。この錦糸は彼女らの絹織物プロジェクトを支援するためのものだった。足かけ五年続いている。
 物資を運び終えちょうど車のドアを閉めたところに、大粒の雨がぼたぼたと落ちてきた。私はトゥーに婦人会のリーダーを呼んでくるようにと命じ、軒先に立って煙草に火を点けた。そのうちに眼もあけられぬような土砂降りになった。
 雨という感じではなく水がじかに地軸を殴るのだ。すさまじい音だった。地面は鉄分を多く含んだ粘土質の赤茶けた土ですぐに泥濘と化し、猛烈な飛沫を上げている。
 椰子の葉先から滝のように落ちる雨滴に、紫煙の輪がかき消されていく。小屋の向かいは義足製作所だった。米国の救援団体の支援を受けて、戦闘などで脚を失った人らが、自分で木製の「肢」を作っている。
 私は戸口の竹の柱に凭れて中を振り返り、トゥーを呼んだ。
「織物リーダーはいたかい」
「いないわ、どこにいったのかしら」
 と彼女は奥から戻って来た。
「最近ちゃんとトレーニングしてないのかしらね」
 彼女はため息をつき腕組みをした。
  確かに中はがらんとしていた。小学校の教室二つ分くらいのだだっ広い屋内に電灯はない。窓からの外光だけでは昼間でもうす嫌い。どの織機にも糸は通されて おらず、午前中に訓練が行われていた様子がない。糸くずも端切れも落ちておらず、人がいた温度がなかった。いつも女たちがおしゃべりをしていた茣蓙も、丸 められて隅に立てかけられてある。
「もうやる気がないのかしら」
「そうさな、十年もここにいちゃ、疲れたんだろう」
「困ったわ、受領書にサインもらえないもの」
 待つさ、と私は煙草を水溜りに投げ捨てた。
 気が付くと向かいの義足製作所小屋の軒先に男が二人いた。
一 人は痩せぎすで白のワイシャツの前をはだけており、肋骨がくっきりと見えた。下は黒い作業用ズボンだったが、左足が腿の付け根からなかった。脇の下に松葉 杖を挟んでいた。案山子のようだった。もう一人はどす黒く日焼けしたがっしりした体格の男だった。小さな薄気味悪い目をしていた。右足の膝から下が義足 だった。
 歳は二十五ぐらいか。私はしゃがんでまた煙草に火を点けて頭を巡らした。難民の年齢を言い当てるのは難しい。滋養のある食事をほとんど摂らず、強い日差しの下で生きていると、日本人よりもずっと老いてみえるのだ。
「トゥー、悪いがこの煙草、向こうのお兄さんらにあげてきてくれないか」
「どうしたのよ、急に。難民の人らに簡単にモノを与えてはいけないでしょ」
「いいじゃないか、ヒマなんだから」
 無償でものを与えてはいけない。難民の人々は乞食ではないからだ。
 彼女は、へんなの、と首を傾げ、軒先伝いに歩き、向こう側に辿り着くと、私の方を振り向き振り向きしながら、二人にマッチと煙草を袋ごと渡した。
 二人とも驚いて私を見、小さく合掌した。
「オックン・チュラーン(ありがとうございます)」
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